富山のちょっといい話。

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立山をはじめ日本中の霊山は、明治時代初期まですべて女人禁制だった事をご存知ですか?

 

「女人に五障あり」などとした仏教の教義や、山中で修行する僧や狩人にとって女人は妨げにとなる、といった習俗がこの掟を生んだといわれています。

 

明治五年になってこの掟は解除されましたが、千年来続いた習俗が直ぐに改革できるわけもなく、それ以後も女人が山に登ると悪天候になるなどとささやかれ、山にあこがれていた女性には、いわれのない受難が続きました。

 

しかし明治二十四年にある女性が立山の絶頂に登頂しました。

その名は「ヤコバ・デ・レーケ」オランダ人の女性で当時十三歳です。

 

意外にも、女性の立山登山のパイオニアはオランダ娘だったのです!

 

その後明治も四十年代になると、立山でも女性登山者の姿は、ごく当たり前に見られるようになったといいます。

 

ちなみに....

大正九年に剣岳を登山した女性の服装はというと、

「筒袖、くくり袴、麦わら帽子、足袋、カンジキ」といったものだったそうです。

  立山.jpg

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